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のび犬と鉄建工団
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のび犬鉄道(略称のび鉄)は銚子・犬吠崎から横須賀市野比を結ぶ鉄道として計画されたとかそうでないとか・・・。
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さよならブルーウェーブ
昨日、メジャーリーグ、シアトルマリナーズのイチロー選手が引退を表明しました。
DSC_8263s.jpg DSC_8266s.jpg
最後まで中継を見ていたのですが、私は記者会見の途中で寝落ちしてしまいました…。

私のイチロー選手に対する思いは複雑です。
彼の名を初めに認知したのは1992年のフレッシュオールスター。
当時まだ鈴木一朗だった彼はMVPを獲得、近い将来での一軍での活躍を大いに期待したものでした。
その後は一軍二軍を行ったり来たりでしたが、1994年に登録名を「イチロー」に変更したという報道が流れた時、
当時はパンチ(佐藤)とセットだったため色物扱いも多少あったと記憶していますが
私は「あの鈴木一朗か!」と色めき立ったのでした。
その年の彼の活躍は記すまでもありません。
そして1995、1996年のリーグ優勝は彼なくしてはあり得なかったでしょう。
そういう意味では仰木監督と共に私にとっての最高のヒーローでした。
しかし、その存在が大きすぎるか故にか、チーム編成はイチローを中心とした歪なものになり、Aクラスをキープしているとは言いつつも次第に優勝争いとは縁遠くなりました。
そして遂にはイチローのメジャー挑戦と仰木監督の退任によってオリックスは常敗軍団へと突き進み、地獄のようなペナントを毎年繰り拡げ今日に至っています。

阪急~オリックスを通じてチームを代表する選手の一人ではあるのですが、当時のオリックスの「脱阪急」「脱ブレーブス」のアイコンとして大いに作用したこと、結局は自らの意思でチームを去ってしまったことなどからどうしても好きになれない部分が存在するのです。
正直言えばオリックスに戻ってきて欲しかったです。
戻ってきてくれたのなら、そしてグリーンスタジアム神戸を満員にしてくれたなら、その上での引退セレモニーなら私は泣きながら「ありがとうイチロー」と言えたのですが。
一昨日、昨日と完全に力の衰えたところを見せられて、しかも寄りによって東京ドームでとか、若干引いた目で見ていた自分が居たのでした。

それでも、東京ドームとイチローの組み合わせで思い出したことがあります。
IMG_0000ts.jpg IMG_0001ts.jpg
1995年9月23日東京ドームにて。
95年、がんばろうKOBEの旗印の下、リーグ優勝を果たした4日後、最初の休日に行われた対日ハム戦。
消化試合にも関わらずチケット売り場には長蛇の列、街頭にはダフ屋がチケットをチラつかすという今のオリックス戦では考えられない状況でした。
オリックスが生んだ唯一の全国区のヒーロー、それがイチローでした。
これが初めてのイチロー生観戦。
このあと西武球場、千葉マリンとイチロー在籍時には計3回球場に足を運びましたが、さすがにこのときほどチケットは取りにくくなかったですが「イチロー」コールの大合唱は健在でした。

最後のブルーウェーブ戦士の引退で、またひとつの時代の区切りがついてしまいました。
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テーマ:プロ野球 - ジャンル:スポーツ

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